名人錄-菲姐的故事

 

茶摘み娘が料理名人になった”    

 

 

フェイねえさんストーリー
「フェイねえさん」、多くの人が彼女の料理番組を見たことがあるでしょう。このファッションモデルのような料理家は、一番よく全国の婦人同士に鍋を正しく選びさえすれば、料理もまるできれいに着飾るように、簡単においしくできあがり、油や煙で顔が黄色くなることもないことを教えてくれました。

 

 

北埔出身で北を目指す

本名を甘玉菲というフェイねえさんは、新竹県北埔郷の客家出身で、小さい時には家の茶畑で茶摘みの手伝いをしていました。「私たちはみな茶摘みを手伝って小遣いをもらっていました。1斤(600g)で5角になり、私は動作が速いので、午後だけで5、6斤摘みました。春茶は水分が多いので割と重いですが、六月茶は軽かったんですよ。」なるほど、料理で一流のフェイねえさんは、茶摘みでも頭角を現していたのです。

実はフェイねえさんは北埔の実家の茶摘みだけでなく、姉が経営している餅屋でもその腕を発揮し、サツマイモパイ、サトイモパイ、婚約用の大餅など何でも作ることができました。「私の作るサツマイモパイはすごいのよ、皮も餡も全部手作りなの!」フェイねえさんの腕前は小さい頃からその片鱗をのぞかせていました。

「三代富んでやっと衣食が分かる」、フェイねえさんが茶畑で過ごした少女時代は彼女に豊かなグルメ体験をもたらしたのでしょうか。「農家でしょ。あの時は植えるものが決まっていたわ。あの時の食卓はいつも自分の家で採れたもので、私が好きだったのはバジルと茄子の炒め。茄子もみな自分の家で作ったわ。」

そう、現在言われている健康的な飲食の考えである、その季節季節の旬の食材を食する。これこそがもっとも新鮮で、健康的なことなのです。フェイねえさんは子供のときから最も健康的な飲食習慣を身に付けていたのでした。

 

イタリア製の鍋に魅せられて

結婚後のフェイねえさんは専業主婦となりましたが、料理が下手なだけでなく、おしゃれ好きなフェイねえさんは厨房の油と煙の匂いが一番きらいでした。ですから料理の際はいつもシャワーキャップに手袋、エプロンという完全武装で油や煙の匂いと戦い、折につけ独り言が飛び出すのでした。「おしゃれしていたら料理できないっていうの?」

ご主人が貿易業に従事している関係で、毎年2月と9月にはイタリアへ展示会の見学に行くため、フェイねえさんも同行し、しかも35年間休みなく続けています。初めてイタリアを訪れたとき、フェイねえさんはイタリアの開放的な厨房の美しさ、さらにお客は調理しているそばのテーブルでコーヒーを飲み、おしゃべりをしているのですが、油や煙が四方に飛び散っていないことを発見しました。

 

 

代理と代弁を一手に請け負う

なぜイタリアの厨房は油や煙がないのか?調理方法で言えば中華料理は強火で炒めることが特徴ですし、イタリア人が使う鍋も大きく異なります。当時はクイック鍋というのがあり、外観がきれいなだけでなく、機能的にも優れ効率も良く、フェイねえさんはそれに驚き、代理をしただけでなく自ら20年以上にわたって代弁をしてきました。しかしその頃台湾では数件のクイック鍋爆発事件があり、フェイねえさんもそれらを宣伝するには相当苦労しました。

しかしフェイねえさんは恐れず、プロモーターに色々な鍋を持たせ、当時最も人気のあった永琦、第一、今日等のデパートで露店を出して販売し、現場では自ら料理のデモンストレーションをおこない、その香りの良さで民衆を惹きつけたのでした。そして気力と忍耐力、一歩一歩着実なプロモーションにより、毎月の販売額は徐々に増えていきました。

 

 

 

鍋を十分に活用し美しい料理を作る

今日に至るまで、フェイねえさんは鍋販売の専門家であるだけでなく、30年前に提唱した油、塩、煙を抑え、化学調味料を使わないという健康志向の料理に対するこだわりを堅持し、熱伝導が均一で、弱火でも中華料理の炒め物ができ、恐ろしい油と煙が出ない西洋式フライパンの使用を大いに推奨しています。

多くの姑やお母さんはフェイねえさんのデモンストレーションを見て、フライパンを持ち帰り、家で炒め物に使ってみたところ、以前のフェイねえさんのように悲惨な結果になってしまいました。かつて顧客が電話でフェイねえさんに苦情を言ってきたので、フェイねえさんはわざわざ鶏1匹、牛肉3斤、魚1匹を手に提げて天母から新店の顧客の家へ行き、自ら顧客にクイックビーフシチューやフライパンによる魚フライの作り方を指導したこともありました。

その後フェイねえさんはいっそのこと自分の会社で料理教室を開き、顧客に西洋鍋を使った中華料理の作り方を指導したほうが早いと考え教え始めるようになりましたが、それからすでに16年が経ちました。

 

 

 

かつてはシェフに出ていけと言われた

1996年にフェイねえさんはケーブルテレビ局に出て料理を教え始め、ファッショナブルないでたち、低いハスキーボイス、ユニークな教え方ながらシンプルな調理方法で、深く考えることはせず、良い鍋と食材を使用し、味は個人の好みで調整すればよいとしました。この種のシンプルで便利、かつおいしく、健康的で生活に密着した料理番組は多くの主婦が毎日見ています。

現在1960、1970年代生まれの多くの人は「見てごらん」を聞くとすぐに「フェイねえさん」を連想するほどです。

テレビで教えるため、フェイねえさんはどこのレストランのどの料理がおいしいと聞けば、すぐに友人を連れて出かけます。フェイねえさんはいつも早めに到着し、シェフが厨房で忙しく準備をしているときに、きれいにお化粧をして厨房に潜り込んでシェフと話をし、自分はテレビで料理番組を持っていることを説明します(当時はまだ自分のレストランを持っていませんでした)。そして気に入ったシェフの料理があればこっそりと教えてほしいと頼みますが、フェイねえさんもちゃんとわきまえていて、必ずシェフに謝礼を渡すのでした。

通常シェフはフェイねえさんの、誠実な態度を見れば首を縦に振って許可し、これはイタリアでも通用しました。ただ一度例外があり、フェイねえさんは有名な先輩からそのレストランのことを聞いてかけつけ、いつも通りに振る舞ったのですが、その結果シェフに厨房から出ていけと言われてしまいました。「あのときの私はハイヒールを履き、きれいに着飾っており、ホールにはまた私の客人が1テーブルいたので、出ていけと言われてしまいました。あの時私はとてもつらく、トイレに駆け込んで10分間泣きました。」

 

 

料理番組で10数年教えた後、フェイねえさんはついに自分のレストラン-『フェイねえさんのイタリアンレストラン』をオープンしました。今フェイねえさんに会いたかったら、一番早いルートは「フェイねえさんのイタリアンレストラン」へ行くことです。フェイねえさんはほとんど毎日、あの満面の笑みを浮かべながらグルメを味わいに来たお客様を迎えているからです。

 

 

フェイねえさんのレストラン

「フェイねえさんのレストラン」は東区の路地の中にあり、入口には花や植物が飾られ、荘園に入るようなわくわくした気持ちになります。広々とした前庭はサンシャインハウスを思わせ、陽光にきらきら輝く大型の水晶灯は夜の輝きを予告し、胡蝶蘭の輝きとエメラルドのような観葉植物が天井からの採光を彩り、地下の個室の華麗な一角を垣間見ることができます。

活き活きとした色使いと、大胆な組み合わせ

レストランに入ると、黄色と紫を大胆に組み合わせた、活き活きとした内装の色使いが、しっとしとしたフローリングと対比を成していることに気が付きます。玄関右側のテーブルの上の花はフェイねえさんが自ら選んだもので、左側の長テーブルにはファッション感覚あふれる透明の椅子が置かれ、更にはフェイねえさん秘蔵の華麗なクリスタル照明が組み合わされ、南ヨーロッパの情熱が醸し出され、フェイねえさんオリジナルの美学が現れています。

レストランのメインホールの色調も暖かくかつ快適で、デザイン感覚にあふれるステンレス鍋が彫刻となり、一味違った生活の美感を形作っています。また地下の個室には垂直ガーデンを彷彿とさせる採光が天井に施されており、全く閉塞感が感じられず、特別に設置された調理台で料理のレッスンを受けることもできます。

食材では「新鮮」が唯一の原則で、これには妥協を許しません。レストランで用いる各食材はいずれもフェイねえさんが心を込めて選んだもので、「オリーブオイルも、サラダに添えるビネガーも100本以上の中から選びました。」フェイねえさんはこんなにも真摯に取り組み、どの食材に何が合うかを吟味し、いちばん「合う」ものだけを選ぶことにこだわっています。

 

 

 

「食べる」ことは生活であり、空腹を満たすことだけではありません。視覚、食器、テーブルへの並べ方など見て楽しみ、味と美感を高め、その中に楽しみを見出してこそ、真の生活が享受できるのです。

 

基本資料

 

芸名:菲姐
本名:甘玉菲
出身:新竹縣北埔鄉
星座:射手座
魅力:廚藝
名言:你看看(見て見て!)